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九十九屋さんたの妖怪古今録

猿鬼のこと

能登に残る猿鬼の伝説

画像引用:【妖怪図鑑】 新版TYZ<br>
画像引用:【妖怪図鑑】 新版TYZ
作家の山口敏太郎先生の取材に同行して、猿鬼の伝説を訪ねた事があります。
 猿鬼の伝説は能登半島に広く伝わるもので、様々な異伝があるようです。
 
猿鬼はもともと大西山の釜ヶ谷に住んでいました。
その地の鬼の頭である善重郎の部下でしたが、いうことを聞かなくなり、追い出されました。※お話によっては、ここで追い出すのは神であったり、この地の民が協力したという話もあります。

 猿鬼は柳田の村にある岩井戸と呼ばれる洞窟に住むようになりました。いつの頃からか、仲間も増え、作物を荒らし、乱暴を働き、時には子供を攫って食ったといいます。その噂は神々のもとにも届くようになり、神無月に出雲の国で行われる神様の会合で、話題となりました。
能登の事は、能登の神に任すという話になり、能登一宮の気多大明神を大将と、三井の大幡神杉姫を副将に猿鬼退治の軍が作られました。
神々は岩井戸で待ち伏せし、猿鬼らが出てくるところを見計らって、一斉に矢を放ちます。しかし、猿鬼は矢を手でつかみ投げ返してくる始末。それだけではありません。また掴まれなかった矢も、漆で塗られた猿鬼の体に傷一つつけることはありませんでした。神々の軍はこれはいかんと撤退してしまったのです。

 戦いに敗れた神杉姫は、悩みながら、海岸を歩いています。そうすると波の音に言葉となって聞こえてきます。

『白布干反に御身を隠して筒の矢に射させ給えよ神杉の姫』。

その波音の信託に従い、神杉姫は従い、筒矢を作り、やじりには千毒と呼ばれる毒を塗ります。
 猿鬼たちは再び攻めてきた神々の矢を物ともしないでいましたが、そのうちに面倒くさくなったのか矢を握ります。そう筒矢は持ったとして中の矢そのものは速さを失わないのです。猿鬼の目はつぶれます。しめたと思ったのもつかの間、猿鬼は他の鬼たちに助けられ、岩井戸に逃げ込みます。
 そこで神々は一計を案じます。閉じた岩戸を開くには神代の頃から決まっている事があります。そう騒いで招きよせるのです。
 神杉姫は美女に姿を変え、他の神々も歌舞音曲で騒ぎ立てます。猿鬼はおびき出されて出てきます。姫は近づいてきた猿鬼を三条宗近の名刀鬼切丸できりつけます。首を切られた猿鬼は川を黒く濁すほどの血を流しながら逃げていきますが、やがて息絶えました。

 その後は今でも地名として残っており、名刀が猿鬼の首を討ち取ったあとには、真っ黒な血がずーっと川となって流れだしましたので「黒川」、矢が当たったところが「当目」。村人が猿鬼の霊をなぐさめるために建てた祠が、岩井戸神社となっております。

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