編集部のつぶやき(千葉・船橋・市川・習志野・鎌ケ谷・松戸)
創業160年の老舗ウナギ専門店 宿場町を長らく支えた伝統の味

船橋で1865年(慶応元年)に創業し、160年続く老舗うなぎ専門店「ふなばし 稲荷屋」。人生の節目に多くの人々の舌をうならせてきた名店が、建物の建て替えに伴い、9月16日をもって一時閉業します。
65年間にわたり親しまれた店舗を取り壊し、2029年春頃に営業再開予定。新たに誕生する6階建て商業施設の1階~3階に飲食テナントとして入る予定だそうです。
地元はもちろん、遠方からもファンが訪れる老舗店が長期休業に入ると発表されると、地元船橋には激震が走りました。
お客様からは「休業の間、これからどこへ行けばいいかわからない」「再開したら必ずまた来ます」といった声が寄せられているそうです。
「この建物に変わって約65年経ちます。耐震性能とかを考えると、今しかないと思い決断に至りました」。
石井さんが語るその言葉の裏には、昭和の面影を感じる建造物への愛着と、お客様への安全面やこれからの稲荷屋としての未来を見据えた重い覚悟がにじみます。
建築学科を卒業された石井さんは「最初はウナギ店を継ぐ気はなかった」と話します。
建造物の知見を十分に活かし、稲荷屋の建築にも深く関わっていたそうです。

過去にはこの鉄筋の建物に稲荷屋が存在していたこともあった
船橋という街の成り立ちは、古くから旅人と物流が行き交う「交通の要衝」でした。
江戸日本橋を発ち、成田山新勝寺を目指す「成田街道(佐倉街道)」において、船橋はまさに最初の宿泊地である「一泊目の宿場町」。
その道のりは、当時の旅の情緒にあふれていました。 大名や富裕な町人たちは、江戸の日本橋から小名木川(舟運の人工河川)を船で進み、行徳(市川市)の港へ上陸。そこから陸路へと足を切り替え、トコトコと歩いて船橋宿を目指したのです。
当時の船橋の中心といえば、伊勢神宮とゆかりの深い「意富比神社(船橋大神宮)」であり、船が行き交う「海老川」周辺でした。 しかし、本町通りの橋のたもと、今も静かに佇む「西向き地蔵」の近辺——ここは、にぎやかな宿場町の中心から少し外れた「船橋の端」に位置していました。
「現金収入がほしいから、ここでお店を出したのがきっかけでね」
農業、漁業、そして宿場町の商業が複雑に混ざり合う、港町・船橋。その「端」という立地から、現金収入を得るために知恵を絞り、一歩を踏み出したことが、稲荷屋の原点だったのです。

立派に育った大きな錦鯉は現在引き取り手募集中だそう
船橋のウナギを語るうえで欠かせないのが、水運と自然が育んだ「真の江戸前」の歴史です。
実は当時の「江戸前」という言葉は、もともとは寿司ではなく「ウナギそのもの」を指す言葉として誕生しました。東京湾で獲れた上質な天然ウナギのことを、他のウナギと区別して「江戸前」と呼んだのが始まりです。
「ここ船橋は、まさにその極上の素材が獲れる絶好の場所でした」石井さんはこう語ります。
水量豊かな大河の流れに揉まれ、身がふっくらとして脂の乗った上質なウナギ。
この良質な鰻を手に入れることができたからこそ、船橋の地で仕込む蒲焼は、旅人の疲れを癒やす極上の名物となり、今日まで語り継がれる味となったのです。
65年の時を刻んだ店舗の建て替えは、単なる店舗のリニューアルではありません。 成田街道の宿場町として栄え、農業・漁業・商業が交差する船橋の歴史と、本物の「江戸前」の誇りを次世代へ引き継ぐ、重要な分岐点なのです。

石井社長のご令嬢の若女将・智子さんとご子息の妻、女将の奈緒子さん

看板にはなんと初代船橋市長が書いた文字が刻まれている
1868年(明治元年)、新政府軍と旧幕府勢力が戦った戊辰戦争。そこには時代の栄枯盛衰を目にしたならではの生々しいエピソードが語り継がれます。石井さんは貴重な歴史の一コマを教えてくださいました。
旧幕府の終焉とともに、傷を負った兵士たちは戦地を脱出し、命からがら船橋方面へ逃げ延びてきたのは、幕府直轄地(天領)出身のエリートや、身分の高い武士たち。身なりは泥と血に汚れ、着物の裾は破れていたものの、立ち振る舞いにはどこか品格と矜持が残っていました。
町人たちは彼らを単なる戦犯や敗残兵とは見なさず、どこか畏敬の念を込めて「脱走さま」と呼びました。「脱走さま」たちが息を潜めて集まったのは、西向地蔵のすぐそばを流れていた用水路でした。
刀傷や銃傷から流れる血で肌を赤く染めた兵士たちは、地蔵の影に隠れるようにして冷たい川の水に手を浸します。 自らの傷口を洗い流し、破れた着物の袖を縫い合わせ、旅の身なりを整える――。
その川面は、彼らの流した血で一筋の赤に染まったといいます。誰からともなく、その小さな川は「血洗い川」と呼ばれるようになりました。
西向地蔵の穏やかなお顔は、刀を捨て、ただ一人の人間として傷を洗う武士たちの哀愁を、静かに見守っていたのでしょう。
「親父から聞いたエピソードだよ。こんな話はどこにも出したことないよ」。
そう語る笑顔の奥には、教科書には決して残らない「生きた歴史」が息づいています。

五代目店主の石井さんと大女将の真知子さん
ーー長年お客様に愛され、暖簾を守り続けるというのは、決して容易いことではないはずです。
どのような秘訣があるのでしょうか?
その問いかけに対し、石井さんは、静かに力強い声でこう答えてくださいました。
「特別なことはないよ。ただ料理を愛し、お客様を愛し、積み重ねてきた歴史を愛する。そのうえで、伝統の味を守りつつ、時代に合わせて少しずつ発展させていく。それに尽きるんじゃないかな」。
その言葉には、創業時から幾多の荒波を越えてきた者だけが持つ、圧倒的な重みが宿っていました。
ちょうど昼食時のピークを迎え、店内は活気に満ちあふれています。
石井さんは颯爽と立ち上がると、昼食時でにぎわう現場へと戻っていかれました。
現在の路面店の形がなくなってしまうのはとても寂しいですが、2029年の新たなステージの幕開けには、「ふなばし稲荷屋」がどんな姿で帰ってくるのか目が離せません!
今しか見られないお店の姿を目に焼き付けたい方は、9月16日までまだ間に合いますので足を運んでみてください。
| 店名 | 日本料理 ふなばし 稲荷屋 |
| 住所 | 千葉県船橋市本町1-12-12 |
| 営業時間 | 月~土
※要請に対応して営業。 |
| アクセス | JR船橋駅 徒歩7分 京成本線 京成船橋駅 徒歩5分 |
| HP | https://inariya.gorp.jp/ |
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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